聴く音楽の98%が自分で作った曲になっていた件
「最近どんな音楽聴いてるの」と聞かれて、ちょっと答えに困った話
この前、ふと自分のスマホの再生履歴を眺めて、ちょっと驚きました。
ここ半年、自分が日常的に聴いている曲の98%が、AIで自分で作った曲だったんです。
通勤の車の中、家事をしながら口ずさんでいる曲、ウォーキング中にイヤホンから流している曲。気づいたらほぼ全部、自分が指示を出してAIに生成してもらった曲でした。
ん? さすがに偏りすぎでは?
そう思って、もう少し冷静に振り返ってみることにしたんです。
始まりは半年前、ためしに配信してみたところからでした
きっかけは、たしか2025年の10月ぐらいでした。
ためしに自分で作った曲を、SpotifyやApple Musicなどで配信し始めてみたんです。趣味の延長というか、ちょっとした実験のつもりで。
ところが配信を始めたあと、不思議なことが。自分自身が一番、その曲を聴いている。
最初のうちは「他の人が聴いてくれるかな」というドキドキ半分で自分の曲を流していたのが、いつの間にか純粋に「自分が聴きたいから流している」に変わっていたんです。
その変化に気づいてからは、もう加速度的でした。配信サービスのおすすめに並んでいるJ-POPも、新着プレイリストも、ほとんど開かなくなりました。代わりに、自分のライブラリの中の自作曲をぐるぐる回しています。
聴く曲の母数が偏った瞬間って、自分でもわからないぐらい自然なものだったんだと思います。
なぜ他の曲を聴かなくなったのか、考えてみた
少し考えてみると、けっこう納得感があります。
AIで曲を作るとき、私はその時の気分や好みをそのままプロンプトに込めて指示を出します。
たとえば「朝のウォーキングで、少し背中を押してくれるような優しい曲調」とか「家事をしながら口ずさめる、ちょっと懐かしいメロディ」とか。
そうやってできあがった曲は、私にとってその時の100%正解の曲になります。
外れがない。
イントロが流れた瞬間に「あ、これ私が今いちばん聴きたかったやつ」と感じる曲が、その場で生まれてくる。そりゃ、ハマります。
これまで音楽配信サービスのおすすめ機能で、似たような体験はあったんです。でもおすすめは、あくまで「過去に聴いたものから推測した、近しい何か」でした。私の好みの近くを掠める曲、ぐらいの感覚です。
今は違います。
「今の自分のど真ん中」を、自分でAIに作らせる。しかも、しっくりこなければ何度でも作り直せる。これがクセになってしまったわけです。
気づけば、画像まで「自分が作ったもの」を眺めている
そして、これは音楽に限った話ではないんだなと、最近よく感じます。
画像も同じなんです。
最近の私は、自分でAIに指示を出して生成した画像を眺めている時間が、けっこう長いです。
「思い通りのものができたかな」「ここの色味、もう少しこうしたいな」と、自分が作ったイラストや画像とにらめっこしている。
そもそも、普段から絵画やイラストを眺める習慣があるクリエイターさんは別として、一般的な大人が画像をじっと見つめる時間って、そこまで多くないと思うんです。
ですが私は、AI生成のおかげで、その時間が確実に増えています。
ためしに自分の趣味全開の漫画を作ってみたり、ちょっとした短い動画を生成してみたり。出来あがったものを眺めて、一人で「うん、いい感じ」とニヤニヤする時間。これはこれで、なかなか満たされる体験です。
しかも、その画像や動画は、世界中で私だけが眺めているものだったりします。書店に並ぶ写真集や、美術館に並ぶ作品とは、明らかに違う種類の体験です。
教材も「自分にだけ最適化」できる時代になっている
この自給自足の流れは、エンタメだけにとどまりません。
個人的に一番面白いなと思っているのは、自分専用の教材もAIで作れるようになっていることです。
これまでだったら、新しいことを学びたくなったら、セミナーに申し込んで会場まで行って、誰かに教えてもらって知識を吸収するのが当たり前でしたよね。今もそれが一般的な学び方なんだと思います。
ただ、AIには、自分の今の理解度や、興味のあるポイント、普段使っている言葉遣いまで丁寧に指示を出すことができます。
「私にぴったり合う形で解説してください」「演習問題も作ってください」「最後に試験問題で力試しもさせてください」とお願いすると、自分専用にカスタマイズされた教材が、その場で立ち上がってきます。
つまずきやすいポイントも、自分の理解度に合わせて先回りで出してくれる。
これはもう、ほんとうに便利です。会場まで足を運ぶ必要もないし、「あ、その話はもう知ってます」と心の中で唱えながら一般論を聞き流す時間もなくなる。
しかも教材は、何度でも作り直せます。理解度が上がれば、同じテーマでもう一段深い解説をお願いすればいい。逆に難しすぎたら、もう一度やさしい言葉で組み直してもらえばいい。「自分に合わない教材を我慢して読み続ける」という、地味につらい時間が、ごっそり減りました。
「外れのない世界」を、自分で作れる時代がきた
こうして並べてみると、自分の身の回りのコンテンツが、少しずつ「自給自足」に置き換わっていることに気がつきます。
聴く曲。眺める画像。学ぶ教材。
どれも、自分のためだけに自分で作って、自分で消費する。
これを「効率がいい」と感じる人もいれば、「いや、それはちょっと閉じすぎでしょう」と感じる人もいるはずです。
ここは、人によって意見が分かれるところだと思うんです。
ただ少なくとも、自分に完璧にフィットする世界を、自分の手で作り出せる時代に入ったのは間違いない。先日、自分の再生履歴を眺めながら、それをはっきりと体感しました。
外れがない、というのはなかなかすごいことです。
少し前までは、自分にフィットするコンテンツを探すために、レコメンドや口コミを頼りに「探す側」に回っていました。それが今では、自分のために作って、自分のためにそろえて、自分のために楽しむ側になりつつあります。消費者から、ささやかな生産者へ。役回りがじわじわ変わっている感覚もあります。
それでも、たぶん「自給自足だけ」では足りない気がする
ここまで「自給自足っていいよね」という話をたっぷりしてきたんですけれども、正直に言うと、私の中にちょっとモヤッとした部分も残っています。
自分にぴったりフィットする世界だけに浸っていると、何か大事なものがこぼれ落ちる気がするんです。
予想外の出会い。自分の好みからは外れているはずなのに、なぜか心に残るもの。誰かと一緒に共有して、初めて完成する空気感。
そういう「自給自足できない部分」も、絶対にありますよね。
なので明日は、逆側のお話、「自給自足じゃない世界の良さ」についても、配信しようかなと考えています。
今日は、自給自足できる世界が当たり前になりつつあるんだな、という気づきのお話でした。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。良い一日をお過ごしください。

なんかわかるかも。一時期SUNOにハマったことあり、その時は自分の歌ばかり聞いてました!そしたらそれを聴かされていた職場の同僚が、鼻歌で私の歌を歌っていたのは良い思い出ですw